
排水溝をながめていた
今を生きている。

🔽ボカコレ出展作品
https://www.nicovideo.jp/watch/sm45326936
私たちは毎日、意味のあることをしているつもりで生きている。仕事をして、誰かを愛して、美味しいものを食べて。でも、もしかするとその営み自体が、知らず知らずのうちに何かを壊しているのかもしれない。本作品「排水溝をながめていた」は、そんな静かな矛盾を音楽で表現した作品である。
排水溝の渦を見つめていると、不思議な感覚に襲われる。水は美しい螺旋を描きながらも、確実に流れ去っていく。秩序立った動きに見えるのに、結局はすべてを下へ下へと押し流していく。この渦こそが、私たち人間の姿そのものなのかもしれない。
この発想の源泉となったのが、科学者イリヤ・プリゴジンが提唱した「散逸構造」という理論だ。一見すると美しい秩序や構造も、実はエネルギーを消費し続け、最終的には宇宙全体の無秩序化(エントロピー増大)に貢献している、という自然界の根本的なメカニズムを説明したものである。生命体もまた、この散逸構造の一つ。私たちが生きること、呼吸すること、考えることさえも、宇宙の熱的死への歩みを加速させているのかもしれない。
楽曲は日常の些細な行為から始まり、やがて宇宙規模の死生観へと展開していく。食べて排泄する、呼吸する、といった生命の基本的営みが、実は壮大な破綻への序章(イントロダクション)なのではないかという問いかけが、メロディーに乗せて静かに響く。しかし、この楽曲は絶望を歌ったものではない。むしろ、そうした宇宙的な矛盾の中でも「素知らぬ顔で今を生きている」私たちの在り方に、ある種の美しさを見出そうとしている。
排水溝の渦のように、私たちもまた美しい軌跡を描きながら、どこか見えない場所へと向かっている。その行き先が破壊だとしても、その過程で生まれる一瞬一瞬の煌めきに、生きることの意味を見つけていけるのではないだろうか。本作品は、科学的洞察と詩的感性を融合させ、存在することの根源的な問いを音楽という形で投げかけている。
歌詞
Inspired by
- the concept of dissipative structures proposed by Ilya Prigogine 池谷裕二著『夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす』(講談社)